コロちゃんのひとり言

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<<   作成日時 : 2009/01/08 19:16   >>

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箱根駅伝(後半)


コロちゃんのひとり言 受験の季節(教育関連 もくじ



★. 前半を読む


  

【 駅伝の起こり 】


 後半は駅伝の起こりを少し話します。
駅伝の起こりは古く古代ギリシャ時代にまで遡るんですよ。
その頃には各都市の間を手紙等による通信文を運ぶヘメロドロモスと呼ばれる物がありました。
中央集権制度による国家権力が行われている国や地域では常に中央から末端の役所へ命令等を伝える公文書が送られたり、あるいは末端からその国を治める中央に向けて報告書等が送られたりしますね。
それを運ぶ仕事がその頃もありましたけど、今で言う郵便の役目をするものですよ。
驚いた事に同じ様な物が中国の古い時代にもあったとも言われています。

 日本でこの様な事が行われたのは鎌倉時代なんです。
いつから呼ばれ始めたかは判りませんが、この様な仕事を行う人達を飛脚(ひきゃく)と呼んでいました。
地方の方言で走る事を飛ぶとも言っていますが、正にそんな人の足を指した言葉なんですよ。
昔コロちゃんの友達が「早く飛んで、飛んで」と言うんですよ。
どこにも飛ぶ所が無いのにそれでも早く飛べと言うんですよ。
つまりコロちゃん言った人はそれが信州の方言だと知らなかったんです。
こちらもそれが走る事だと気がつかなかったんです。
説明を聞いてようやく理解しましたけど。
生まれた地方の違う人同士の会話ではこんな笑い話は珍しくも無いですよ。

【 駅の起こり 】


 速く手紙等を間違い無く送り届ける意味から、この様な人や仕事をこんな風に言ったのです。
現代では宅急便の会社にも速く間違い無く伝えると言う事で、トレイドマークに飛脚が描かれているのを知っていますよね。
日本で飛脚が登場したのは鎌倉時代とも言われています。
時の鎌倉幕府と京都に住む天皇との間で連絡を取る目的で飛脚が使われました。
それに伴って鎌倉と京都間の道が一本の道として整備されました。
当時この飛脚を使えたのは官職をしていた特別な人達です。
勿論その当時に目的地に速く楽に行き着く方法はやはり足の速い馬を使うのが一番でした。
そこで鎌倉と京都を結ぶ道の途中にはある程度の間隔ごとに、使う馬とその馬を待機させる厩を配置させたのです。
いわゆるこれが駅と呼ばれる物の起こりなんです。
ですから馬偏の漢字が用いられているんですよ。

 勿論この様にして配置された馬を使えたのは当然公用の用事に限られていました。
人や荷物は鎌倉から京都にまで辿り着きますが、それを手助けする馬や人はその厩の担当している区間だけしか仕事をしなかったのです。
つまり一回の仕事では自分の割り当て区間である隣の厩である駅にまでしか行かなかったんですよ。
その先は次の厩の馬や人にバトンタッチしていたんです。
この様な厩には予め定められた馬数が各駅ごとに逓送(テイソウ)用として待機していました。
この様にお役人が中央と地方をむすぶ連絡機関として官用に使った駅馬(えきば)と、一方で官人の公用旅行等に用いられていた伝馬(てんま)がありました。
鎌倉と京都を結ぶ道には駅伝製度としてこれらの馬や厩が配置されていたのです。

 話が少しそれますけど、港に馬がいるのを知っていますか。
「港に着いた荷物を馬車で運んだのでしょ」、こんな回答が普通ですよね。
おそらく最盛期よりもその数が少ないと思いますが、今でも馬が活躍しているんですよ。
これが伝馬船(てんません)なんです。
まだ港が十分い整備される前は大型船が直接岸壁に接岸できない港も沢山ありました。
そこで沖に停泊していた大きな船と岸壁との間を小さな船が何度も往復しながら荷を運ぶんですよ。
その船の役目から海にはとても似合いそうも無い伝馬船と言う名前が付いてしまいました。

 飛脚の仕事の仕方は戦国時代に入ると各領国ごとに街道筋や伝馬が整備されるのに合わせて代わりを見せました。
それまで一人の飛脚が目的地に官公書簡等を直接運んでいましたが、伝馬制の整備が進んだ事で複数の飛脚による継飛脚に代わりました。
皆さんが思い浮かべている駅伝レースと同じ方法です。

 更に江戸時代に移ると参勤交替によって江戸との人や物資の交流が盛んに成った事で、江戸を基点とした五街道を中心に各地を結ぶ街道が整備されたのです。
その事で飛脚は官公物だけを扱っていた仕事から、一般の人の手紙や荷物も運ぶように成りました。
江戸時代のドラマや映画を見ていると武士の家族や商人が飛躍を頼んで手紙やお金等を運ばせる場面があるのはこの様な飛脚の変遷があっての事です。

【  駅伝の襷(たすき) 】</b


これでもう駅伝のランナーが襷を肩から掛けている意味が解ったかと思います。
そうなんです飛脚が荷物を運んでいたなごりで、間違い無く頼まれた荷物を届けたという証拠の品なんです。

 日本では秋に予定した陸上競技大会が終わると、スポーツ選手の体力維持の為にランニングが行われています。
彼らの気持ちを維持する目的でマラソン等をする方法もありますが、マラソンでは余りにも個人差が出てしまいます。
そこで一人の人の走る区間を小分けにする事でマラソンには無かった仲間と走るおもしろさや楽しさが新しく生まれました。
各駅を中継しながら飛脚のように手紙等を送り届ける方法がこのヒントに成ったのです。
勿論道路情況や走る人のレベルに応じて一人の走る割り当て区間の距離数を変化させる事で、体力や力量の違ったランナー達が共に一つのレースとして走られるように代わりました。
例えば一人で走りきれないフルマラソンの距離でも、互いに分担させる事で長距離を走る事がより身近な走りに成ったのです。
関東地区の大学が集まって行われる箱根駅伝は数ある駅伝の中でも尤も歴史の長い駅伝なのです。

【 大学対抗 】


 しかし最近の箱根駅伝は別の目的も兼ね始めてきたように感じます。
昔も今もレースの結果が出ると勝ったとか負けたとか言いながら、選手や学生達が歓喜の声を上げたり涙を流したりしているのは代わりません。
勿論スポーツマンとして純粋に各大学の選手達が競い合った結果です。
こんなゴールの様子は家にいてもテレビで見る事ができます。
しかし今ではその裏で各大学は熾烈な生存競争を行っているのです。
今や各大学は小児化が進み毎年学生を集めるのに必死なんです。
勿論大学名だけで受験希望者が集まって来る大学も一部にはありますが、それ以外の大学は広報活動を行なって学生を集めなければ成らないんです。
つまり今ではどの様な方法で大学の存在を多くの人々に宣伝するかにかかってきています。
この様な場の一つが各種のスポーツ大会とも言えるのですよ。
そんな事から大学同志のスポーツ大会は大学関係者達の熾烈な生き残りを掛けたサバイバルゲーム的な要素も持ち始めてきています。
箱根駅伝もそんな例外ではありません。
そこで学校経営者達が彼ら選手達に大学の将来を託し始めたと言っても過言ではありません。
更に年々小児化が進み各大学に学生を集める事は目に見えて難しく成ってきています。
つまりこの駅伝大会が以前よりもまして各大学の名前を売り込む宣伝の場として使われているのです。

 最近の大学はいまや三分の一近くの大学で定員割れの楽部を抱えているという現状を知っていますか。
この様な情況が一部の大学で年を王ごとに急速な勢いで進み始めているのです。
なにせ年を追うごとに子供の数が右肩下がりに減っている訳ですから当たり前の事なんです。
皆さんは現在のこんな大学の情況をご存知でしたか。

 ここで大学と言っているのはおそらくその大半が私立大学を指しているものと思います。
ですから箱根駅伝で翌年のシード権を勝ち取る事は大学関係者達にとって参加選手達よりもより重要な事が判りますね。
勿論残念にもシード権やこの大会の予選会落ちした大学はもう翌年の大会を目標に戦いが始まったと言っても良いのです。

 既に推薦入学で大学が決まった高校三年生もいますが、実際の入学試験はこれからがスタートです。
私はこの大学のこの楽部だと初めから決めて受験する人もいますが、とりあえず大学であればどこでも良いと安易な気持で受験する人もいます。
こんな時にお正月の箱根駅伝を見てこの大学に決めたという人もいるかも知れませんよ。
こんな風に考えるとこの駅伝大会はちょうど良い時期に開催されている事に成りますね。
こんな風な気持でテレビを見ているのはコロちゃんだけでしょうか。



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